牧畜と子どもは宝物
「前は牧畜でいっぱい、後ろは子どもでいっぱいの家族でありますように」。これはキルギス人誰もが少なくても1回ぐらい聞いたことがある昔から有名なことわざである。
キルギス人の結婚式に行くと、家族や友だちが新婦新郎に向かって必ず言う言葉で、その意味は牧畜を持って裕福な生活を送り、そしてその牧畜をずっと守ってくれる子供が沢山産まれるようにという意味である。
昔、遊牧民族だったキルギス人にとって「牧畜」と「子ども」は生活していく上では欠かせない存在であった。
そこには二つの価値観がある。一つは、家族の歴史を自分の子どもに伝えて、自分が亡くなったときに子どもが家族を守ってくれるという価値観。そしてもう一つは、子どもは大きな牧畜の世話を見るお手伝いをしてくれる重要な働き手の役割も果たしていた。
今は、勿論キルギス人の生活スタイルも変わり、人々の考え方も変わって、ほとんどの人々は近代的な生活をするようになった。昔のような牧畜を持つ人は本当に少ない。しかし、牧畜を持つ人が少なくなったからと言っても、キルギス人の「子どもを持つ」という考え方は昔から変わっていないと思う。
ここで、もう一つのことわざを思い出したので書いてみよう。「子どもがいる家はバザール、子どもがいない家はマザール」と言うのだ。意味は、子どもがいる家はバザールのように賑やかで楽しい、子どもがいない家はマザールのように静かで寂しいという。(「バザール」=市場・マザール=「墓地」)

確かに、キルギス人の家に行くととにかく子どもが多くて楽しい。正式な統計ではありませんが、だいたい4〜5人の子どもを持つ家は珍しくない。両親は共働きで一人目の子供は祖父と祖母に預けて面倒を見てもらう、そして2番目3番目の子どもができると上の子供が大きくなって子育ての手伝いもしてくれるので家族全員で助け合って子どもを育てる。勿論幼稚園もあるので幼稚園に預けて、両親は働きながら子育てをする家族も多い。
キルギスでは7歳から17歳まで11クラスの学校に入り、義務教育は9クラスまでとなっている。そのあと専門学校に行く子供もいれば、そのまま10〜11クラスの高等教育まで受けて、11クラスを卒業し、大学に入学する子どももいる。どちらかというと大学に入る子供が多い。統計で言うとキルギスの識字率は99.3%で発展途上国の中でも極めて高いと言われるが、他方では、貧困の基で学校に通えない、大学に入れない子どもも沢山いる。しかし、ここではキルギスの子どもたちの教育や生活水準に関する統計的な話しより、毎日送っている生活、習慣や子どもたちの日常生活について書きたい。
先ほどキルギスの子どもたちの識字率について述べたので、ここでキルギスの子どもたちが大好きな昔話を一つ簡単に紹介してみよう。

「昔々、9人の息子を持つ叔父さんがいた。その9人の息子は毎日喧嘩したり、殴り合ったりして仲がとても悪かった。それを見た叔父さんはある日、木で出来た9つの棒を持ってきて9人の息子に9つの棒をまとめて渡して「これを割ってみてください」という。すると誰もまとまった9つの棒を割れなかった。今度は叔父さんは9人の息子に一本ずつ棒を渡す。すると皆簡単に割ってしまう。そして、叔父さんは「あなた達9人は一人一人だとこの棒のように簡単に割れてしまう、簡単に負けてしまう。しかし、9人まとまって仲良くするとどんなことがあっても割れない。一緒に大きな力になれる」と言うのだ。
これはキルギス人の子ども誰もが小さいときから何十回、何百回も聞いている有名な物語である。こうして、子どもが多い家族が一般的であるキルギスという国ではまずは家族の中での平和が大事であり、子どもたちに小さいときから兄弟が仲良く助け合って生活していくということは家族を守る紲であるということを教わって育っていく。
残り物に福
キルギスという国は一番誇りに思う財産は豊かな自然だ。このように言うとあまりに抽象的で「自然」というものの価値が十分に伝わってこないように聞こえる。
世界に誇れるキルギスの自然をまだ見たこともない人が多いのでもったいないと思う観光客が多い。
それではキルギスの自然について有名な都市伝説があるので、それを紹介してみよう。
昔々、神様は世界中の人々を集め、世界の土地を分けて皆に配っていた。勿論皆出来るだけいい土地をもらえるよう頑張って行列に並んで自分たちの番を待っていた。しかし、そこにはキルギスの人がいなく、神様が土地を全部配り終わってから一番最後に寝坊して遅刻したキルギス人が来るのだ。
そして、神様は優しいから、「しょうがないな~!もう土地はなくなっちゃったけど…。私は自分のために撮っておいた天国の一部をあげますから、それを大切にしなさい」と言ってキルギスの人に神様とっておきの天国の一部が渡されたという。

天国の四季に例えられる美しさ
キルギスの景色は、四季によって本当に美しく変わっていく。
春や夏は緑豊かで華やかな花がいっぱい咲く。
そして山と湖が多いので真青の湖に下が緑で上は真っ白の雪山。首都ビシュケク市では夏は35〜38度まで上がります。しかし、海のない国は湿気がなくて朝と夜は涼しくて気持ちいい。

秋は金の秋と言われる。緑でいっぱいだった後援や山は全部金の色に変わり、風邪によって落ちていく葉っぱは太陽の光に当たって、まるで金の様にきらきらして地面に落ちる。そして、落ちた金の葉っぱでいっぱいになった後援の中を散歩すると本当に天国の中にいるように見えるのだ。
真っ白な冬。キルギスの雪山は真っ白なシーツを被せられたのように静かに雪の下で春を待つ。冬の寒さと長さは地域によって差がありますが、一番寒いときは −35度まで行く。冬と言えば「寒い」というイメージが強いけど、キルギスで冬と言えばまず「楽しい」!子供たちにとって特にスケート、ホッケー、スキーなどなど、とにかく楽しい遊びがたくさんある。
「春が来ると花が咲く」
春が来ると花が咲く。これは世界共通の表現でどこの国でも同じようないい方があるはず。しかし、キルギスの場合「花が咲く」というと、もう一つの意味がある。それはキルギスの女性を「花」に例えて、春が来ると女性が花のように美しくなり、咲き始めるという意味である。
確かに寒くて長い冬の期間に分厚い洋服、黒いコート、帽子にブーツを来ていた女性は、春が来ると色鮮やかな洋服にハイヒールをはいて、一気に待ちの中に花のような鮮やかな女性の姿が増える。それを見てキルギスの男性は「春が来ると花が咲く」と言うのだ。
文:在日キルギス人協会会長 S/イバラット